
「もし時計も太陽もない、真っ暗な洞窟でずっと一人で過ごしたら、私たちの体や心はどうなっちゃうんだろう?」
そんな疑問を持ったことはありませんか? 1989年、イタリア人の女性 ステファニア・フォリーニ さんが、まさにそんな 洞窟隔離 実験 に挑戦しました。約4ヶ月(130日間!)、たった一人で光のない洞窟の中で生活するという、想像を絶するような試みです。
この記事では、
- ステファニア・フォリーニさんが挑戦した驚きの実験の内容
- 時間の手がかりがない世界で、彼女の体や心に起こった変化
- この実験が、未来の宇宙旅行にどう役立つのか
などを、わかりやすく解説していきます。知的好奇心をくすぐる、時間の不思議と人体の神秘に迫る旅へ一緒に出かけましょう!
ステファニア・フォリーニって誰?どんな実験をしたの?
まずは、この驚くべき実験に挑んだ主人公、ステファニア・フォリーニさんと、実験の概要について見ていきましょう。
1989年の洞窟隔離実験:4ヶ月間、一人ぼっちで洞窟生活!
実験が行われたのは1989年。ステファニア・フォリーニさんという、当時27歳だったイタリア人のインテリアデザイナーの女性が、この前代未聞の実験の被験者に選ばれました。
彼女は、科学者でも洞窟探検家でもありません。では、なぜ彼女が選ばれたのでしょうか? 選考では、20人の候補者の中から、彼女が持つ「物事を深く考える性質」「心の強さ」「内なるスタミナ」といった点が評価されたそうです。つまり、極限状態での心の変化そのものも、この実験の重要な研究対象だったのです。
実験期間は約4ヶ月間、正確には130日間(または131日間という記録も)。これは、当時の女性による単独での洞窟隔離期間としては、世界記録を更新するものでした。
実験の目的:宇宙旅行のための準備!?

この実験の主な目的は、太陽の光や時計など、時間の手がかり(同調因子:どうちょういんし、と言います)が全くない環境で、人間の体内時計(体の中に元々備わっている時間の感覚)がどうなるのかを調べることでした。
私たちの体は、普段、地球の24時間周期に合わせて生活リズムを刻んでいます。しかし、もしその手がかりがなくなったら…?
- 睡眠や覚醒のリズムはどう変わるのか?
- 時間の感覚はどうなるのか?
- 長期間の孤独や閉鎖空間は、心と体にどんな影響を与えるのか?
これらの疑問を解き明かすことは、将来の長期宇宙飛行、例えば火星への有人ミッションなどを考える上で非常に重要です。宇宙空間もまた、地球上とは異なる時間感覚や、閉鎖された環境での生活が求められる場所だからです。実際に、このステファニア・フォリーニさんの実験には、NASA(アメリカ航空宇宙局)も関心を寄せていました。
実験の準備:どんな場所で、どうやって行われたの?
世界記録にもなったこの洞窟隔離 実験は、一体どんな場所で、どのような準備のもと行われたのでしょうか?
アメリカの洞窟で130日間の生活

実験の舞台となったのは、アメリカ合衆国ニューメキシコ州にある「ロスト・ケーブ(Lost Cave)」と呼ばれる洞窟です。ステファニア・フォリーニさんが生活したのは、その洞窟の地下約9メートル(30フィート)の深さに特別に設置された、小さな部屋の中でした。
実験が始まったのは1989年1月13日。そして終わりを迎えたのは、同年5月22日か23日。合計で約130日間にわたる、孤独な洞窟生活でした。
NASAも協力!どんな団体が関わっていたの?
この大規模な実験を計画・実行したのは、「Pioneer Frontier Explorations」というイタリアの研究財団でした。
そして、注目すべきはNASAの関与です。NASAはこの実験の主催者、あるいはスポンサーとして名を連ねています。これは、NASAが宇宙飛行士の長期滞在ミッションを見据え、隔離環境が人体に与える影響についてのデータに関心を持っていたことを示しています。
さらに、イタリアの有名な洞窟探検家であり、自身も長期隔離実験の経験を持つマウリツィオ・モンタルビーニ氏が、ステファニア・フォリーニさんの実験滞在をサポートしました。彼は単なる協力者ではなく、科学的な役割も担っていたと考えられています。
このように、イタリアの研究機関とNASA、そして経験豊富な洞窟探検家が協力し、国際的なプロジェクトとしてこの実験が進められたのです。
洞窟の中の様子:プレキシガラスの部屋でどんな風に過ごしたの?

ステファニア・フォリーニさんが130日間を過ごした居住空間は、プレキシガラス(透明なアクリル樹脂)で作られた、特別なモジュール(部屋)でした。大きさは約6.1メートル×3.7メートル(20フィート×12フィート)と報告されています。学校の教室の半分もないくらいの広さでしょうか。
この部屋は洞窟の中に密閉状態で設置され、外部とは完全に遮断されていました。
- 光
太陽の光は一切入らず、人工の照明だけが頼りでした。しかも、その照明はステファニア・フォリーニさん自身が好きな時に点けたり消したりできたそうです。これは、体内時計の研究において重要なポイントです。 - 時間
時計やカレンダーはもちろん、ラジオやテレビなど、時間の経過を知る手がかりになるものは一切持ち込めませんでした。 - 温度
部屋の温度は常に約21℃に保たれていました。温度変化も体内時計に影響を与える可能性があるため、一定に管理されていたのです。 - 音
外部の音からも隔離されていたと考えられています。
まさに、時間という概念が存在しないかのような、特殊な環境が作られていたのです。
洞窟の中での生活:ステファニアは何をしていたの?
時間も季節も分からない、孤独な洞窟の中。ステファニア・フォリーニさんは、130日間もの間、一体どのように過ごしていたのでしょうか?
毎日柔道!?どんな運動をしていたの?
限られた空間の中でも、体を動かすことは重要です。ステファニア・フォリーニさんは、体力や柔軟性を維持するために、定期的に柔道を実践していたそうです。閉鎖された環境での運動不足は大きな問題となるため、意識的に体を動かしていたのですね。
読書に音楽、フランス語の勉強も!暇つぶしはどうしてたの?
長い時間を一人で過ごすには、気分転換や心のケアも大切です。彼女は以下のような活動をして過ごしていました。
- 趣味: ギターを弾いたり、習ったり。読書をしたり、カードゲームで遊んだり、音楽を聴いたり。
- 創造的な活動: 退屈を紛らわすために、段ボールの切り抜きで部屋を飾ることもあったそうです。
- 学習: テープ教材を使ってフランス語の勉強もしていました。
- 実験のタスク: 体や心の状態に関するテストを受け、その結果をコンピューターに入力する作業も日課でした。このコンピューターは、外部の研究チームとの連絡手段でもありました。
これらの多様な活動は、単調になりがちな隔離生活の中で、精神的な健康を保つための工夫だったと言えるでしょう。長期間の洞窟隔離を乗り切るためには、意味のある活動に取り組むことが非常に重要であることが分かります。
豆とご飯だけの食事…どんなものを食べていたの?
実験中の食事は、非常に質素なものだったようです。主に豆と米で構成されていたと報告されています。栄養面で偏りがあった可能性があり、これが後述する体調の変化にも影響したかもしれません。特に、太陽光を浴びられないため、ビタミンDなどが不足しがちだったと考えられます。
実験の結果:ステファニアの体と心に何が起きたの?

さて、いよいよ実験の結果です。時間の手がかりがない130日間の洞窟隔離生活は、ステファニア・フォリーニさんの体と心にどのような変化をもたらしたのでしょうか?
体内時計が狂っちゃった!睡眠と覚醒はどうなったの?
最も劇的だったのは、体内時計の変化でした。
- 周期のずれ
実験開始後、彼女の体内時計は、私たちが普段生活している24時間周期からずれ始め、1日が約25時間、あるいは約28時間へと伸びていきました。 - 驚きの48時間周期
さらに驚くべきことに、途中から体内時計の周期が約48時間にまで伸びるという現象が起きました!これは「二概日リズム」と呼ばれる、非常に珍しい状態です。つまり、彼女の体にとっては「2日間で1日」のような感覚になっていたのかもしれません。
この体内時計の変化に伴い、睡眠と覚醒のパターンも大きく乱れました。
- 長い覚醒時間
目覚めている時間が非常に長くなり、20時間以上、時には30時間、40時間も起き続けていたと報告されています。 - 長い睡眠時間
眠る時間も同様に長くなり、10時間以上、長い時には20時間以上も眠り続けることがありました。
時間の手がかりがないと、私たちの体のリズムはこれほどまでに変わってしまうのですね。
体重が減ったり、生理が止まったり…体にどんな影響があったの?
体内時計だけでなく、体そのものにも様々な変化が現れました。
- 体重減少
実験終了時には、約7.7kg(17ポンド)も体重が減っていました。これは、1日のサイクルが長くなったことで食事の回数が減ったことや、質素な食事が原因と考えられます。 - 月経の停止
隔離期間中に、生理(月経)が止まってしまいました。これは、極度のストレスや体重減少、体内時計の乱れによるホルモンバランスの変化などが原因と考えられます。 - 栄養不足
特に、日光を浴びられないことによるビタミンDの不足が指摘されています。 - 筋力低下の可能性
報告は少ないですが、こうした実験では筋力が低下するリスクがあります。彼女が柔道を行っていたのは、これに対抗するためだったのかもしれません。
体は正直ですね。環境の変化やストレスが、様々な形で体に現れていたことが分かります。
気分が落ち込んだり…心にどんな影響があったの?
体だけでなく、心にも影響がありました。
- 気分の落ち込み
実験中に、気分がふさぎ込んだり、憂鬱になったりしたと報告されています。 - 人との交流への渇望
「励ましてくれる人がいない」と感じ、人との触れ合いを強く求めていたようです。 - 退屈との戦い
やはり退屈を感じることもあり、それを紛らわすために部屋を飾るなどの活動をしていました。
最初に彼女が「精神的な強さ」で選ばれたことを思い出してください。研究者たちは、こうした心理的な困難が起こることを予測していたのかもしれません。それでも、ステファニア・フォリーニさんは最後まで実験をやり遂げました。
時間の感覚がおかしくなった!2ヶ月が消えた!?
そして、もう一つ非常に興味深い結果が、時間感覚の歪みです。
約130日間(4ヶ月以上)の洞窟隔離生活を終えて地上に戻ってきたステファニア・フォリーニさんは、自分が洞窟に入ってからまだ2ヶ月くらいしか経っていないと感じていたのです!
地上に出たのは5月22日か23日でしたが、彼女に日付を尋ねると「3月の中頃かな?」と答えたそうです。つまり、彼女の中では約2ヶ月分の時間が消えてしまった、あるいは圧縮されてしまったような感覚だったのです。
なぜこんなことが起こったのでしょうか?
これは、彼女の体内時計が約48時間周期になっていたことと関係があると考えられます。彼女は、客観的な24時間ではなく、自分の体感する「1日」(寝て起きるまでのサイクル)を数えていたのかもしれません。1サイクルが48時間(=2日分)になっていたため、実際の半分の日数しか経過していないように感じた、というわけです。
例えば、130日 ÷ (48時間 ÷ 24時間) = 65日。 130日間は、彼女の体感では約65日(約2ヶ月)だった、と計算できます。私たちの時間感覚が、体内時計と深く結びついていることを示す、驚くべき結果です。
他の隔離実験との比較:ステファニアの実験は特別だったの?
ステファニア・フォリーニさんの実験は非常に衝撃的でしたが、実は、このような洞窟隔離 実験は過去にも行われています。他の実験と比べることで、彼女の挑戦の意義がより深く理解できます。
過去の洞窟実験:他の人たちも時間感覚がおかしくなったの?
ステファニア・フォリーニさんの実験と同様の試みは、フランスのミシェル・シフレ氏や、彼女の実験をサポートしたマウリツィオ・モンタルビーニ氏などによっても行われてきました。
- ミシェル・シフレ
1962年と1972年に長期の洞窟隔離実験を行いました。特に1972年の実験(約半年間!)では、彼も体内時計の周期が伸び、深刻な時間感覚の歪みや、精神的な不調(強い孤独感や記憶障害など)を経験したと報告されています。 - マウリツィオ・モンタルビーニ
彼も複数回の長期隔離実験を行っており、特に1992年から1年間行った実験の後には、1年半も時間がずれていた(1993年12月なのに1992年6月だと感じていた)という、さらに極端な時間感覚の歪みが報告されています。 - 近年の実験
2021年にはフランスで「Deep Time」プロジェクトとして、15人の男女が40日間洞窟で隔離生活を送る実験が行われました。この実験でも、体内時計の周期が伸びる傾向(例えば30時間周期になった人も)が見られました。
これらの実験結果と比較すると、ステファニア・フォリーニさんの経験した体内時計の約48時間周期への伸長や、約2ヶ月の時間感覚の歪みは、洞窟隔離という特殊な環境下で起こりうる、しかし非常に顕著な現象であったことが分かります。時間感覚の歪みは、多くの隔離実験で共通して見られる、人間の時間認識における興味深い特徴のようです。
ステファニアの実験でわかったこと:宇宙旅行に役立つ発見とは?
ステファニア・フォリーニさんの実験は、他の隔離研究と共に、私たちに多くのことを教えてくれました。
- 体内時計の強さ: 人間の体内時計は約24時間周期に強く結びついており、時間の手がかりがないと簡単にずれてしまうこと、そしてそのずれは非常に大きくなる可能性があることを示しました。「48時間周期に適応できた」というよりは、むしろ「極限状態で体内時計のリズムが崩壊しかけた」と捉える方が適切かもしれません。
- 光の重要性: 時間の手がかりがない状態で体内時計が大きくずれたことは、逆に言えば、太陽光のような「光」が私たちの体内時計を24時間周期に合わせる上でいかに重要か、ということを裏付けています。
- 宇宙飛行への教訓: この実験は、長期間の宇宙ミッションにおいて、宇宙飛行士が直面する可能性のある問題を浮き彫りにしました。
- 体内時計の乱れによる睡眠障害
- 時間感覚のずれによる作業ミスや精神的な混乱
- 閉鎖環境と孤独による心理的ストレス
- 対策のヒント: これらの問題を軽減するために、宇宙船内の照明を工夫して体内時計を整えたり、宇宙飛行士に適切な活動スケジュールや心理的なサポートを提供したり、ストレスに強い人材を選抜したりすることの重要性を示唆しています。NASAがこの実験に関与した理由がここにあります。
ステファニア・フォリーニさんの勇気ある挑戦は、時間生物学という学問分野の発展に貢献し、未来の宇宙探査への道を切り開く上で、貴重な知見をもたらしたと言えるでしょう。
まとめ:ステファニア・フォリーニの実験から何を学べる?

最後に、ステファニア・フォリーニさんの洞窟隔離 実験について、学んだことをまとめてみましょう。
ステファニア・フォリーニの洞窟隔離実験とは?
- 1989年、イタリア人女性ステファニア・フォリーニさんが、アメリカの洞窟で約130日間、完全に一人で隔離生活を送った科学実験です。
- 目的は、時計や太陽光など時間の手がかりがない環境で、人間の体内時計や心身にどのような変化が起こるかを調べることでした。
- NASAも関与し、将来の長期宇宙飛行への応用も視野に入れられていました。
実験でわかった体と心の変化
- 体内時計の大きな乱れ: 1日の周期が24時間から大きくずれ、約28時間、さらには約48時間にまで伸びました。
- 睡眠・覚醒パターンの変化: 起きている時間も寝ている時間も非常に長くなりました。
- 身体的影響: 体重が減少し、生理が止まるなどの変化がありました。
- 心理的影響: 気分の落ち込みや退屈を感じることもありましたが、最後まで実験をやり遂げました。
- 時間感覚の歪み: 実際の経過時間よりも約2ヶ月短く感じていました。
宇宙旅行への影響:この実験が未来を変えるかも?
この実験は、地球の自然な時間サイクルから切り離された環境で、人間がいかに影響を受けやすいかを示すと同時に、その過酷な状況に耐えうる人間の驚くべき適応力(あるいは回復力)をも示しました。
ステファニア・フォリーニさんの勇気ある挑戦によって得られた知見は、時間生物学の発展に貢献しただけでなく、将来の長期宇宙ミッションにおける宇宙飛行士の健康管理や生活環境設計に、今もなお重要なヒントを与え続けています。
時間という、当たり前のように感じているものが、実は私たちの心と体に深く関わっている。ステファニア・フォリーニさんの洞窟隔離 実験は、そんな時間の不思議と人体の神秘を改めて教えてくれる、貴重な記録なのです。