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マッスル北村、39歳急逝の真相。伝説ビルダーを襲った「本当の死因」とは?

マッスル北村、39歳急逝の真相。伝説ビルダーを襲った「本当の死因」とは?

「伝説のボディビルダー、マッスル北村さんって知ってる?」「聞いたことあるけど、なんで亡くなったんだろう…」「すごくストイックだったらしいけど、そのせいで…?」

この記事では、そんなマッスル北村さんの人生を振り返り、彼の「死因」の真相に迫ります。彼の壮絶なトレーニング、驚愕の食生活、そしてステロイド疑惑まで、様々な角度からマッスル北村さんの最後の日々に何が起こったのか、そして健康とトレーニングの重要性についてまでじっくり掘り下げていきます。

マッスル北村、その壮絶な人生と突然の死

マッスル北村ってどんな人?伝説のボディビルダーの経歴

マッスル北村さんは、1960年生まれ、本名・北村克己(きたむらかつみ)さん。日本のボディビル界にその名を轟かせた、まさに「伝説」のボディビルダーです。「マッスル北村」の愛称で親しまれ、その鍛え抜かれた肉体と数々のエピソードは、今も多くの人を魅了し続けています。 また、その知名度から、テレビ番組の『さんまのなんでもダービー』や『どうぶつ奇想天外!』に出演し、タレントとしても活躍していました。

幼少期から体を動かすことが好きだったマッスル北村さん。高校時代は自転車に熱中し、なんと自宅から山梨県の河口湖まで、往復300kmもの距離を16時間かけてサイクリングしたという、驚異的なエピソードの持ち主です。ほとんど飲まず食わずでペダルをこぎ続けた彼は、帰路の途中で意識を失ってしまったそうです。この出来事からも、彼の並外れた体力と精神力がうかがえますね。

さらに、マッスル北村さんは、東京学芸大学附属高校から二浪を経て東京大学に進学した、超高学歴の持ち主です。東京大学では、ボディビル・ウェイトリフティング部に所属し、先輩に勧められて出場したボディビル大会で、自分と他の選手との圧倒的な差を目の当たりにします。この時の悔しさが、彼の人生を大きく変えるきっかけとなりました。

39歳、あまりにも早すぎる死。マッスル北村の死因とは

参照:note

ボディビルに全てを捧げたマッスル北村さんですが、2000年8月3日、39歳という若さでこの世を去りました。あまりにも突然の訃報に、多くの人が言葉を失いました。

彼の死因は、過酷な減量が引き起こした「低血糖症」だと発表されています。大会に向けて20kgもの減量を行っていた最中、低血糖状態に陥り、そのまま帰らぬ人となってしまったのです。

低血糖症とは、血液中のブドウ糖(血糖)の濃度が正常値より低くなる状態です。ひどい場合には、意識を失ったり、最悪の場合、死に至ることもあります。

常軌を逸したトレーニングと食生活

筋肉増強への異常な執着!驚愕のトレーニングメニュー

マッスル北村さんのトレーニングは、まさに「極限」という言葉がぴったりでした。東京大学時代に他の選手との体格差に愕然としたことをきっかけに、「これではだめだ」と一念発起し、想像を絶するようなトレーニングを自分に課すようになります。

例えば、

  • スポーツジムのマシンでは重量が足りず、さらに数十kgのダンベルをロープで括り付けてトレーニングしていた
  • 一般的なトレーニング器具の重量では満足できず、常にそれ以上の負荷を求めていた

これらのエピソードから、彼がいかに自分を追い込んでいたかがわかります。

{結果を出すためには、限界を超えなくてはいけないことがわかる。}

ササミシェイク、生卵…想像を絶するマッスル北村の食事内容

マッスル北村さんといえば、その独特すぎる食生活でも有名です。特に有名なのが、「ササミシェイク」。これは、冷凍したササミをミキサーにかけて作った、特製ドリンクです。驚くべきことに、彼はこれを加熱せずに飲んでいたそうです。これは、大量のササミを食べる際に顎が疲れないように、という考えから生まれた、彼なりの工夫でした。

さらに、彼は1日の食事ノルマとして、

  • 全卵を20~30個
  • 牛乳を2~3リットル
  • プロテイン粉末300g

これらを毎日摂取することを、自分自身に課していました。この食事量をこなすために、時には睡眠時間を削ってまで食べ続けていたというから、驚きを通り越して、もはや言葉がありません。

低血糖症、そして囁かれるステロイド疑惑

過酷な減量が生んだ悲劇…低血糖症で倒れたマッスル北村

2000年、大会に向けて20kgもの過酷な減量を行っていたマッスル北村さん。しかし、その減量が引き金となり、低血糖症で倒れ、そのまま帰らぬ人となってしまいます。常に限界に挑戦し続けた彼は、ついに超えてはいけない一線を越えてしまったのかもしれません。

実は、マッスル北村さんは亡くなる1年前にも、減量中に低血糖で倒れています。その時の血糖値は、なんとわずか「13」。通常、空腹時の血糖値の基準値は70~109mg/dLですから、いかに危険な状態だったかがわかります。

ステロイド使用の噂…ドーピング検査陽性の真相は?

あまりにも常人離れした肉体を持つマッスル北村さん。そのため、彼には「ステロイド(筋肉増強剤)を使用しているのではないか」という噂が絶えませんでした。ステロイドは、筋肉を増強する効果がありますが、心臓に負担をかけるなどの深刻な副作用を引き起こす可能性もあります。

実際に、マッスル北村さんは1986年のJBBF(日本ボディビル連盟)の大会でドーピング検査に引っかかり、失格となっています。しかし、彼は一貫してステロイドの使用を否定していました。後に、この時の尿サンプルがすり替えられていたことを、すり替えを行った本人が認めたという話もあります。真相は定かではありませんが、少なくとも彼が意図的にステロイドを使用したという証拠は、今のところ見つかっていません。

マッスル北村と北村克哉、2人のボディビルダーの共通点

似た境遇…北村克哉も急性心不全で36歳という若さで死去

実は、マッスル北村さんと非常に似た境遇で亡くなった、もう一人のボディビルダーがいます。それが、北村克哉さんです。彼は、総合格闘家やYouTuberとしても活躍していた人物で、かつてはアマチュアレスリング選手やプロレスラーとしても活動していました。

北村克哉さんもまた、ボディビル大会への出場を目前に控えた2022年、36歳という若さで急逝しています。死因は「急性心不全」でした。

大会前の減量中…2人の死には共通点があった

マッスル北村さんと北村克哉さん。2人に共通しているのは、

  • 大会前の過酷な減量中だったこと
  • 若くして急逝したこと

です。北村克哉さんも、亡くなる直前まで厳しいトレーニングと食事制限を行っていたことがわかっています。

筋肉だけじゃない!マッスル北村の意外な一面

優しく真面目な素顔…知られざるマッスル北村の人物像

ストイックで近寄りがたいイメージのあるマッスル北村さんですが、実はとても優しく真面目な性格だったそうです。彼の妹さんによると、マッスル北村さんが亡くなった時、机の上に何枚もの紙が綺麗に置かれていたそうです。それは、知り合いのおばあさんの病気について調べたものでした。普段は部屋を散らかしていた彼が、見舞いに行くためにおばあさんの病気を一生懸命調べていたのです。

器具への敬意…トレーニングに対する真摯な姿勢

また、マッスル北村さんは、ダンベルなどのトレーニング器具を非常に大切に扱っていたそうです。誰よりも高重量でトレーニングを行いながらも、器具の扱い方は誰よりも丁寧だったと言います。彼は、トレーニング器具を、共に高みを目指す「パートナー」のように考えていたのかもしれません。

マッスル北村の死から学ぶ、健康とトレーニングの重要性

限界を超える危険性…ストイックさと健康のバランス

マッスル北村さんの壮絶な人生は、私たちに「限界を超えることの危険性」を教えてくれます。目標に向かって努力することは大切ですが、自分の体と心の声に耳を傾けることも、同じくらい大切です。

彼のストイックさは、多くの人に感銘を与えましたが、同時に健康を犠牲にしてしまったことも事実です。私たちは、彼の生き方から、目標達成と健康維持のバランスを取ることの重要性を学ばなければなりません。

マッスル北村の教訓…正しいトレーニングと食生活の大切さ

マッスル北村さんのような悲劇を繰り返さないためには、正しいトレーニング方法と、適切な食生活について学ぶことが重要です。特に、極端な減量や、体に過度な負担をかけるトレーニングは、絶対に避けなければなりません。

自分の体調と相談しながら、無理なく続けられるトレーニングと、バランスの良い食事を心がけましょう。

まとめ

マッスル北村さんは、その圧倒的な筋肉と数々の伝説で、多くの人を魅了した伝説のボディビルダーです。しかし、その一方で、過酷なトレーニングと減量が原因で、39歳という若さでこの世を去りました。彼の死因は低血糖症とされていますが、ステロイド使用の噂など、いまだ謎に包まれている部分もあります。

彼の壮絶な人生は、私たちに「限界を超えることの危険性」と「健康の大切さ」を教えてくれます。マッスル北村さんの生き様は、まさに現代の神話と言えるでしょう。彼の遺した教訓を胸に、私たちは自分自身の体と心と向き合い、正しいトレーニングと食生活を心がけていきましょう。そして、彼のストイックなまでの情熱と、筋肉に捧げた壮絶な人生を、これからも語り継いでいきましょう。

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